恩田村裁許絵図

肥料や馬の食糧などにする草を取るための土地を秣場(まぐさば)といい、江戸時代に、恩田村とその北側にある成合村との間で、秣場の土地争いがありました。

その争いについて奉行所が出した判決文が、裁許絵図です。


その本来の目的は土地の境界を定めることでしたが、そこには住居、田畑、寺社、河川、道路、地名なども詳細に記されているため、現在では当時の村の地理を描いた歴史資料としても価値があります。

どのような資料か理解していただく参考のため、その一部を引用します。



出典: 成合村恩田村秣場論裁許絵図 元禄2年(1689年) (個人所蔵)



出典: 恩田村秣場論裁許絵図 享保5年(1720年) (個人所蔵)


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