石塔坂(田奈町)の供養塔

歩道を歩いていてもやっぱり怖い国道246号線。向かってくる大型車が何か間違って突っ込んでこないかビクビクしながら歩きます。



国道246号線の恩田大橋の近くにある旧大山街道の石塔坂に供養塔があります。



国道246号線の下り線からこどもの国通りに下りてくる一方通行の坂道が、江戸時代に使われていた大山街道です。この坂を登っていった先が石塔坂ですが、国道246号線に分断されていて歩いて渡ることはできないので、国道の下をくぐって反対側にまわります。



反対側から国道246号線に向かっていくと突き当たります。突き当たった道のカーブを延長していくと、元はその先の道に続いていたことが想像できると思います。

供養塔はこの突き当たりの手前右側、田奈町2番地の一角にあります。



供養塔

 正面: (立像) 供養塔
 右側面: 文化五戊辰歳
 左側面: 四月二十三日

 台石正面右: 上り 江戸道
 台石正面中央: □
 台石正面左: 下り 大山道



文化5年(1808年)のものです。

この碑を道祖神として紹介している文献を見たことがあるので、見る人が見れば道祖神なのかもしれません。私は分からないので、刻まれているとおり供養塔として紹介します。

碑の正面には何かの立像と「供養塔」の文字が刻まれています。追善供養の意味だとすれば、この辺りで亡くなった人がいるのかもしれません。



雲に乗った様子に見えますが、この立像が何かはよく分かりません。

横浜の古道(資料編)という文献には多羅尊観音(たらそんかんのん)と書かれています。

それを否定する訳ではありませんが、雲に乗っている以外に特徴的な造形が乏しいように思います。例えばこのように雲に乗った観音は他に、遊戯観音(ゆげかんのん)や一如観音(いちにょかんのん)があります。

遊戯観音は高いところから落ちても助けてくれるといいます。高いところと言えばこの坂の下には恩田川に架かる大橋がありました。そこで誤って落ちて亡くなった人の供養と、落ちても助かるようにという祈願かもしれません。

一如観音は天から降る厄災を防ぐといいます。大雨、雹、雷といった危険に遭わないようにという祈願かもしれません。

更に想像を膨らませれば頭の上にある突起が馬頭観音の馬頭のようにも見えてきます。そうしたら旅を供にする馬の安全を祈願したのかもしれませんし、どれが正しいのかは分かりません。でもそれで良いと思います。信じる者は救われると思って自分の信じるように拝めば良いのです。


ひとつ明らかなのは、この碑が大山街道の道標であるということです。

上り 江戸道
下り 大山道

台石に、この坂を上っていくと江戸、下っていくと大山へ通じることが案内されています。



▲ 台石中央部だけ拡大。もう1文字?


さらに台石の中央にもうひとつ、何か1文字刻まれているように見えます。はっきり分かりませんが「坂」と読み取れるかもしれません。



石塔坂は恩田エリアの中でも200余年前の大山街道の道筋が残っている貴重な場所です。この場所に立って、この坂を行き交う人々が道標を見て行き先を確かめ手を合わせて去っていく様子を想像してみたら、ちょっとした時間旅行をした気分になります。

国道246号線の騒音が、そんな気分を盛大に邪魔してくれますけどね。


参考資料:
横浜の古道(資料編)(横浜市教育委員会文化財課)

このメモをシェアする

       

このメモにコメントを書く

コメントは筆者だけに送信されます。