井戸久保(恩田町)の道祖神

こどもの国通りから徳恩寺や恩田駅方面に渡る徳恩寺橋に接する交差点の北西側、恩田町2073番地先辺りの歩道上に、井戸久保の道祖神があります。



コンクリートで作られた台の上に基部を埋めて固定した形で、2つの石碑が並んでいます。



どちらも道祖神です。


道祖神(左)

 正面: 道祖神
 左側面: 昭和九年一月吉日 井戸久保講中



昭和9年(1934年)の文字道祖神です。


道祖神(右)

 正面右: 乙卯五月吉日
 正面中央: (男女双体道祖神)
 正面左: 上恩田村中



男女双体の道祖神です。恩田では唯一の双体道祖神かもしれません。このタイプの道祖神は夫婦円満・子孫繁栄の祈願を表すといいます。

上部が折れたような断面になっているので、元はもっと高さがあったものと思われます。

残念なことに年号が彫られていたであろう部分は折れて欠損していて、干支が乙卯であることしか分からないため、正確な年代が分かりません。但し、隣に並んだ文字道祖神が建てられたとされる昭和9年の干支は甲戌ですから、それとは異なる年代に別々に建てられたものだということは分かります。


コンクリートの台石にも年月日が刻まれています。



昭和五十七年十月吉日

昭和57年(1982年)、これは台石を作って設置した日付だと思います。ちなみにこの年の干支は壬戌なので、やはり双体道祖神の干支とは合いません。

ところでこの場所は平成に入ってから奈良川の改修があり、それに伴って道路も移動しています。つまりこの道祖神もその時に移動したはずです。なのにそれよりも古い年代の台石に固定されているということは、台石ごと根こそぎ持ち上げて移動してきたということです。結構大きいので台石は砕いて石碑だけ運ぶものかと思いきや、意外と力技でやるのですね。

このメモをシェアする

       

このメモにコメントを書く

コメントは筆者だけに送信されます。