寿光院の五輪塔

明治の初め頃まであった寿光院というお寺の境内跡地の一角に、寿光院の歴代住職を供養する五輪塔があります。



現代になってから建てられたものなので史跡的な価値は少ないかもしれません。しかし、ここに寿光院というお寺があったこと示す、数少ない大切な手掛かりになっています。


寿光院の五輪塔は青葉区田奈町7番地の一角にあります。



五輪塔というのは、仏教で五大と呼ばれる地・水・火・風・空の5つの要素を表した塔で、主に供養塔として建てられるものです。



各要素は下から順に、地輪・水輪・火輪・風輪・空輪の石で構成されます。お墓でよく見かける木製の卒塔婆も、よく見るとこの形を表しています。

寿光院の五輪塔では、それぞれの石の正面に1文字ずつ各要素を表す梵字が刻まれています。




空輪 キャ
風輪 カ
火輪 ラ
水輪 バ
地輪 ア


一番下にある地輪の周囲に刻まれた文字が、この五輪塔が何なのかを示しています。


地輪正面:
 奉爲安養山寿光院先師諸尊霊壮嚴浄土也



▲ 地輪正面


安養山寿光院の文字があります。家のお墓がお寺にある方は、墓地の一角にそのお寺の歴代住職の墓石があるのを見たことがあると思います。この五輪塔はそれなのです。


地輪左側面: 石塔縁起
 当墓石は文明十年 今を去る四
 百九十二年前 開基せる安養山
 寿光院が諸情依り明治十年廃
 寺となり本寺 恩田徳恩寺に入
 檀せし左記一族が厂代住職尊霊
 の菩提を弔わんが爲建立せり



▲ 地輪左側面


地輪背面:
 昭和四十九年四月吉日
 施主 (氏名5名)


地輪右側面:
 浄戒阿遮梨 文久二年四月九日
 阿遮梨雲海 安永五年十一月廿四日
 宣栄阿遮梨 延享三年十二月十日
 [ウ衣]栄阿遮梨 元禄十五年一月丗日
 長等法印 元禄十四年六月五日
 [リ又貝]栄法印 寛永十年七月三日
 頼順法印 慶長三年十月六日
 秀頴法印 弘治三年四月五日
 秀辨法印 永正四年十一月十九日
 善誉法印 明応元年六月二日



▲ 地輪右側面


新編武蔵風土記稿では草庵を開いた第1世を秀頴、開山を宣栄としていますが、皇国地誌では善誉の開基としています。ここには善誉法印まで遡る歴代住職10名の戒名と寂年月日が刻まれています。

阿遮梨はおそらく阿闍梨(あじゃり)のことです。法印(ほういん)や阿闍梨は僧の位を表すものです。


昭和49年(1974年)に建てられたもので、今はまだそれほど古くない五輪塔ですが、数百年もしたらこれこそが寿光院の遺構となるでしょう。

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