椎ノ木地蔵の庚申塔

椎ノ木地蔵尊の左隣の道路沿いに庚申塔があります。田奈町37番地の一角です。



3つ並んだ石仏の左側2柱が庚申塔です。


庚申塔(左)

 正面右: 武刕都築郡恩田村 □□待 講□中
 正面: 奉造庚申四面塔二世安楽 (三猿) 別當 (鳥・鳥) 満福寺□□
 正面左: 延宝六戊午天十二月大吉日 敬白
 右側面: (氏名11名か12名)
 左側面: (氏名12名)



延宝6年(1678年)の庚申塔です。別當満福寺□□の文字があるので、お寺が管理していたか檀家ばかりの庚申講で建てたのだろうと思います。□□は僧の戒名が刻まれていたものだと思います。


庚申塔(中央)

正面右: [種字ア] 庚申待供養諸願成就所 武州都築
正面: (月・日・青面金剛立像・二鶏・三猿) {同行 十人}
正面左: 正徳五乙未天正月廿三日 小机領恩田西村



正徳5年(1715年)の庚申塔です。武州都築小机領恩田西村の文字が刻まれています。西村というのは、椎ノ木地蔵尊と現在の田奈駅の中間辺りの地域です。


 左側面: 昭和二年十一月 (氏名1名)建之



昭和2年(1927年)の石祠です。詳細は分かりません。


そして庚申塔と言えば、椎ノ木地蔵尊の本堂内にも地蔵菩薩の庚申塔があるのを見つけました。

地蔵菩薩立像

 正面: (地蔵菩薩立像)
 正面右: 武州都築郡恩田村 施
 正面左: 延宝六戊午十二月□□□□ 主
 蓮座: {庚申 講 結衆 中 □ 二十 四人}



延宝6年(1678年)のもので、蓮座をよく見ると右から左へ「庚申 講 結衆 中 □ 二十 四人」と刻まれています。

先に紹介した左側の庚申塔も同じく延宝6年のものでした。そこに刻まれていた氏名が23か24あったので、人数の規模的にみておそらく同じ講が建てたものだろうと思います。

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