十王堂

「十王堂というお寺がどこにあったのか調べてほしい」というご要望を、読者の方からいくつか頂いています。今回はそれを調べてみます。


十王堂というのは、かつて恩田に存在したという言い伝えのお寺です。恩田の西谷戸の辺りにあったらしいという話は聞くものの、既に遺構も無く詳しい場所もよく分かりません。新編武蔵風土記稿にも載っていないことから、江戸時代後期には既に消滅していたことが伺えます。一方で元禄2年(1689年)の裁許絵図には西谷戸の辺りに寺が描かれているのでこれかもしれません。

田奈の郷土史」に次の記述があります。

下恩田の西谷戸に、いまも石塔が二つ三つ立っているところがある。奈良時代には、ここに十王堂という壮大なお堂がたち、この地方における仏教の中心となっていた、と言われる。その堂はいつのころかに焼け、再建されないまま、わずかに石塔二つ三つを残すだけとなり、往時のおもかげはないが、この付近はいまも十王堂と呼ばれている。

文政の頃というとまさに新編武蔵風土記稿が書かれた頃なので、現存していたにしろ焼けたにしろ何か書かれていてもおかしくない気もします。本当に新編武蔵風土記稿に何も書かれていないのか、少々気になることがあるので別途調べてみることにします。


それはさておき、十王堂が奈良時代からあったというのが事実であれば、少なくとも1200年以上前のお寺ということになり徳恩寺を優に凌ぐ古さとなります。それが残っていないというのは残念なことです。

このお寺を探すにあたって一番の手がかりになるのは、現代まで伝わっている十王堂前という地名です。



田奈小学校と東急田園都市線田奈駅の中間あたりに広がる水田地帯は旧字を十王堂前といいます。十王堂前というからにはそこは十王堂の前の辺りだったはずです。というわけで十王堂の情報を求めてその地域のお宅を訪ねてきました。


そしたらやっぱり地元の方はよくご存知です。すぐに場所が分かりました。

こどもの国通りを田奈駅から中恩田橋方面に向かっていくと西谷戸入口という交差点があります。



ここを左折して水田地帯に向かいます。



水田エリアに出る直前の右側に空き地、と言っても物置なんかがありますが、空き地があります。



ここが十王堂の石仏があった場所だそうです。



遠くから見ると木が生い茂っていていかにもお堂があってよさそうな雰囲気です。



しかし現在、ここには十王堂にまつわる物は何もありません。区画整理事業で付近の道や水田をまっすぐに直したときに処分したのか、ここにあった石仏はその頃に無くなったそうです。

区画整理前の空中写真を見ると、確かにこの辺りに何かあるようです。



出典: 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス 空中写真 USA-M388-24 (加筆)


現在は農具など雑多なものが置かれています。



実は、ここの持ち主が誰であるかという証言も得て持ち主の方にもお話を伺ってみようとその場所も訪ねたのですが、インターホンの前に番犬が・・・。インターホンにたどり着く前に盛大に吠えられて断念ということになりました。犬は苦手です。


ひとまず十王堂の石仏があった場所は判明しました。

ここがかつて十王堂が建っていた場所と仮定して、地図にその位置を書き加えてみます。



確かに十王堂前という地名は十王堂の前でした。


参考文献: 田奈の郷土史

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