椛ヶ谷(恩田町)の石祠

徳恩寺の裏側に、椛ヶ谷(もみじがやと)という小さな谷戸があります。この谷戸の入口には「もとんぼう」という場所があり、それは昔徳恩寺の本坊(僧の住まい)があった場所で、「元本坊」の意味だという伝承があります。

椛ヶ谷の入口は奈良川の矢剣橋です。



橋を渡って横浜高速鉄道こどもの国線の踏切を渡ると集落があり、奥へ続く道があります。もとんぼうはこの辺りです。



この先、この道は車1台がギリギリ通れるぐらいの狭い道になります。



枝分かれする道も車が上り下りできるとは思えないほどの急勾配で取り付いています。その先には何があるんだろうかと気になりますが、登るのが面倒なのでそのまま平らな道を進みます。すると少し開けた場所に出ます。



椛ヶ谷です。谷戸の奥のほうまで畑が続きます。



くねくねと曲がる道伝いに進んでいくと、舗装道路は行き止まりになります。



そこが谷戸の奥なのですが、意外なことに一番広々としていて、まるで隠れ里のような雰囲気でのどかな風景が広がっています。

さらに階段の小道が奥へ続いていますが、畑の中のようなので遠慮しました。後で聞いた話によると、この階段の先には畑のほかにサッカーができるほどのグラウンドがあるそうです。意外ですね。

実はこの場所は、徳恩寺の裏山にある古峯神社のすぐ下にあたります。



古峯神社から見下ろせたのはこの場所でした。

そしてここに、小さな社があります。恩田町1853番地です。名前が分からないので椛ヶ谷の石祠とします。



中には石祠がひとつ置かれています。



何を祀ったものか、いつ作られたものか、諸々不明ですが、この谷戸を見守っているようです。

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