山ヶ谷(恩田町)の石仏

横浜市立田奈小学校の西側にある恩田町の山ヶ谷(やまがやと)は、未だに古い家並みが残る場所です。



同じように古い家並みが残る内田にはあちらこちらに石仏があるのですが、山ヶ谷にはほとんどありません。その数少ない石仏のひとつをご紹介します。



JA田奈がある田奈小学校入口交差点から、田奈小学校の裏門のほうへ向かいます。



田奈小学校の裏門です。

ここからくるっと後ろを向くと中恩田橋まで続く山ヶ谷のメインストリートで、100mぐらい進んだところに「消化箱」と書かれた赤い箱があります。



その奥に小さな社があります。恩田町3274番地です。



何と呼ばれているか分からないので、山ヶ谷の石仏とします。でも石仏というより、メインは神など別のものかもしれません。



社の中に札入れが見えます。



そのスタイルから見て神札を入れるもの、つまり神を祀ったものだと思いますが、祭神は分かりません。

その右奥に石造の丸い物が置かれていることに気付きました。



その形から推測すると、どうやら五輪塔の一部、空輪・風輪のようです。

下の画像を例にすると、一番上の部分です。



▲五輪塔の構造(寿光院の五輪塔


30年ほど前、私が小学生の頃は毎日のようにこの場所を通っていましたが、当時も五輪塔そのものは無かったと思います。

元々どこにあったもので、どうしてここに一部だけ置かれているのかは定かではありませんが、五輪塔の一般的な建造目的から考えて供養塔だったのではないかと思います。

江戸時代より前の昔、この辺りのどこかに禅念寺というお寺があったと言われています。もし、この五輪塔がこの辺りのどこかで誰のものともつかない状態で出てきたものだとしたら、そのお寺の遺物という可能性もあるかもしれませんね。

このメモをシェアする

       

このメモにコメントを書く

コメントは筆者だけに送信されます。