恩田エリアの世帯分布

横浜市の統計によると、平成29年(2017年)5月現在、青葉区内には13万2899世帯が暮らしているそうです。そこに町別の統計も掲載されていたので、それを元に旧恩田村エリアの世帯数を計算してみたところ、約3万世帯あることが分かりました。これは言うまでもなく、恩田の歴史の中で最大の世帯数です。

現在、高台に登って見渡せばどこまでも続く住宅街が広がっています。




昔はどんな景色だったのでしょうか。

昔は、人の住む場所とそうでない場所がありました。





人が住む場所も現在のように住宅が密集していることは無く、各家には垣根や塀で囲まれた広い敷地があり、納屋があり、母屋があり、屋敷を形成していました。屋敷の中に稲荷や墓地を置く家もありました。





人が住まない場所は田畑や山林です。屋敷から遠く離れた場所にあることもあり、車が無い時代は毎日の行き来が大変だったでしょう。


江戸時代まで遡って、恩田エリアの世帯の分布を図にしてみました。




江戸時代の分布は裁許絵図から読み取り、昭和初期の分布は地番反別地目入図から読み取ってプロットしました。

昔は人が住む場所とそうでない場所がハッキリと分かれていて、人が住む場所が意外と僅かしか無いことが分かると思います。現在の青葉台駅周辺や若草台の辺りは人里離れた山奥の扱いで、昔話で「お爺さんは山へ柴刈りに」というフレーズがありますが、まさにそういう場所でした。

現在からすると想像が付かないかもしれません。しかし現在新しい住宅地が立ち並んでいる場所は、そのほとんどが元々人が住んでいなかった地域です。そういう場所を選んでまるっと買い上げて鉄道を敷いて宅地にして売るというのが、昭和30年代に始まった宅地開発事業の基本的なスキームなのです。


恩田エリアの世帯数は次のように変遷しました。

江戸後期 156世帯 (元禄2年(1689年)裁許絵図
明治初期 191世帯 (明治3年(1870年)村明細帳) 地図なし
昭和初期 306世帯 (昭和5年(1930年)地番反別地目入図
平成10年 約2万3000世帯 (横浜市統計を元に計算) 地図なし
平成29年 約3万世帯 (横浜市統計を元に計算)

昭和初期までは数えられそうな数だった世帯数が、この数十年の間に桁違いに増えました。平成10年と比べても7000世帯も増えていて、日本の人口が減少に転じた現在も増加傾向が続いています。一体どこまで増えるのでしょうか。そろそろ人が住む場所が足りなくならないか心配です。

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