南(すみよし台)の庚申塔

2017年の春に、こどもの国通りの旧恩田村と旧奈良村の境に恩田奈良橋という橋が完成しました。



昔はここを境に北側は奈良村の南(みなみ)と言い、南側は恩田村の井戸久保(いどくぼ)と言いました。別の村だったとは言え平坦な土地に農地や集落が続いていたため、お互いに交流はあったのではないかと思います。

その村境の近くに庚申塔があります。少しだけ恩田村の外側ですが、村境の近くということでメモしておきます。


こどもの国通りの恩田奈良橋を北へ向かって渡ったところに、奈良川の新河道を渡る路地があります。



ここが入口です。

坂を上っていくとすみよし台と恩田町の境(旧奈良村と旧恩田村の境)で道幅が狭くなり、恩田町の内田へ続く足利街道の道筋になります。その手前の左側に階段があります。



ふたつ並んでいる階段のうち右側の階段を上ります。



通路の奥に小さな社と墓地が見えてきます。

この社が庚申塔のものです。すみよし台2番地の一角です。



庚申塔

 正面: (日)(月)(青面金剛立像)
 右側面: 庚申供養塔
 左側面: 宝暦五乙亥稔十一月吉辰


宝暦5年(1755年)の庚申塔です。地名の類は刻まれていませんが、この場所は旧村境を僅かに奈良村に入ったところにあるので、おそらく奈良村字南の講中が建てたものです。本来は塞神を兼ねて足利街道沿いに置かれていたのではないかと思います。

青面金剛の庚申塔というと足元に邪鬼が踏みつけられているのが一般的ですが、この像では足元の造形が不鮮明でゴツゴツした岩のようにしか見えません。



しかしそのゴツゴツの右端にヒト型のようなものが1体あるいは2体、ゴツゴツに寄り添うように彫られているのが見えます。これが何なのかはっきりしませんが、足元にも何らかの意味のある彫刻が施されているものと思われます。

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